カテゴリ:ヨーロッパで考えたこと |
2008年 07月 02日
2年前のミュンヘンでは思い切りビールを飲みました。
町のあちこちで、おいしいビールが提供されているのですから、しかたのないことです。 ![]() ![]() あっちでもこっちでもビールをいただきました。 夜にはトルコレストランで「水タバコ」を吸いました。 ![]() ![]() 実際は私は禁煙しています。それは私が27歳になったときからです。 I quit somking when I was 27 years old. quit はたいていの場合、不規則変化動詞。 過去形も過去分詞も quit 。 英国ではしばしば、quited も使われます。 今回の水タバコはどんな味がするか、試してみたかったのです。 It was common cigarette taste. 味はふつうのタバコと同じでしたが、なにやら怪しげな道具のおかげで、カッコよくみえるのかもしれませんね。でも、喫煙はほんとはカッコ悪いものです。CO2を排出して、地球の温暖化を進めてしまいますから・・・。
2008年 06月 26日
今から2年前、6月の18日だったかと記憶していますが、私はカナダで英語研修したあと、ヨーロッパにわたりました。
バンクーバー発の真夜中のチャーター便を選んだのはもちろん格安だったからです。 降り立ったのはミュンヘン、英語では Munic(ミューニック)。 この道中のことは私の別のブログ、「ヨーロッパ」に詳しく出ていますが、ここでは簡易版にしてみたいのです。 ![]() 新市庁舎の尖塔、からくり時計が時を刻んでいます。 からくり時計・・・・mechanical clock 砂時計・・・・・・・・sand clock , glass clock 日時計 ・・・・・・・sun dial 鳩時計 ・・・・・・・cuckoo clock (あちらではカッコー時計なんですね) 目覚まし時計 ・・ alarm clock 腹時計 ・・・・・・・ ????????? ![]() 近代的なミュンヘンの地下鉄。ロンドンのは狭くてほんとにチューブの中を走るよう・・・。 英国の地下鉄 under ground , tube (訳すと”管”です) 米国 subway フランス metro ![]() レジデンツ博物館の中の彫刻の間、栄華を極めたハプスブルグ家の王宮を博物館にしてあり、その歴史と豪華さはシャンゼリゼを凌ぎます。 博物館 ・・・・ museum (muse ギリシヤの神殿から来た言葉) 音楽 ・・・・・ music (muse で奏でられた美しい旋律ですね) 観光しながら英語も学べるいいブログですね。自己満足・・・・。
2007年 01月 15日
今年の夏、ヨーロッパ旅行中に考えたり疑問に思ったことを、帰国後に調べたりして書いています。
今日はクリスマスです。ケーキもいいですが、イエス・キリストについて少し考えてみましょう。 12月25日掲載 キリスト教はユダヤ教の改革運動だった ローマ サンタマリア・デリ・アンジェリ教会 ![]() 岩波書店の世界史講座によると、イエスが生まれるずっと前、紀元前13世紀ころにユダヤ教の基礎が構成され、紀元前10世紀ころにヘブライ国のソロモン王の時代に神殿が作られていった。信仰の対象は唯一の神ヤハエで、神との契約を守ることで神から土地を与えられ、平和な暮らしが営めるというものであった。 ミコノスの教会 ![]() しかし、そのために613もの戒律を守らねばならない。248が信者の義務で、365がしてはならない禁止事項だった。 イエスは戒律を守っていたが、意味のない古い戒律を形式的に守ることを批判したり、徴税人や売春婦を蔑視し、救われない人々と規定することに反対し、人は信仰することで貴賎や職業を問わず誰でもが救われると説いた。 しかし、それはユダヤ教の司祭たちには信仰を破壊するものと写り、当時のパレスチナを支配していたローマ帝国に反逆するものとして処断されてしまった。 イタリア、バーリ市の教会で ![]() その後、イエスがユダヤ教でいうキリスト=救世主(メシア)であったと認める弟子や人々によってヨーロッパ中に広められていった。それがキリスト教となる。しかし、ユダヤ教ではまだキリスト=メシアは現れていないとしている。 ローマ帝国では、皇帝礼拝やローマの神々を信ぜず、ローマ神の祭事にも参加しないキリスト教徒は異端であり、彼らは迫害と弾圧を受け続けた。皇帝ネロが市民の前で大勢のキリスト教徒を放火の疑いで処刑したのはその代表例である。 ジェノバの教会のマリア ![]() しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、313年にコンスタンテイヌス帝が初めて禁令を解除すると次第に勢力を広げ、やがては391年にローマ帝国の国教となると、これまでのローマの神々を信じることは禁止されてしまった。 こうしてフランク王国を通じてゲルマン民族にも浸透し、イギリスやアイルランドまで広がっていった。 ブリュッセル・サンミシェル大聖堂の聖母子像 ![]() しかし、なぜキリスト教は人々に受け入れられていったのだろう。その教えの根本にあるものが「博愛」であることとしたのはドイツの哲学者フォイエルバッハだが、私もそれに同感だ。 メザシの頭も信心からとはいうが、しかしやはり、人類の普遍性に根ざした教えがあったからこそ、優位な地位を占めることができ、西欧を中心とする人や国の精神的支柱となり得たのだろう。 フィレンツエ・花の大聖堂(ドウオモ) ![]()
2007年 01月 15日
2007年1月1日(月) 掲載
今日は元日、テニスクラブで初打ちを楽しんだ。結果は1勝1敗1分けでまことに平和なテニスであった。分けというのは6ゲームずつ取って6-6になるとタイブレークをせずに引き分けとするシニアの独自ルールがあるからだ。たぶんウチのクラブだけのね。 ![]() ![]() 巨大ローマ建築はなぜできたの? というのが今日のテーマだが、ローマに行ったときにコロッセオを見てその巨大さに驚いた。 ひとつの写真を見ていただきたい。 この写真は joyphoto.com/ というホームページからお願いして拝借したもの。主宰している「あ」さんは世界を旅行して美しい写真を撮ってらっしゃる。ホームページも覗いてみてください。(赤文字をクリック) 長径188m、短径156mそして高さは48mもある。現代なら15階建ての高層建築に相当する。 ![]() とにかく大きい。収容人員48,000人というのもスゴイが、天幕を天井に張る装置があり、皇帝の席は1日中直射日光から守られ、他の席も20分以上日が射さないようにされていたそうだ。 スペインの闘牛場にはひなた席と日陰席があり、ひなた席は10ユーロ、日陰席は22ユーロからの料金設定になっていたが、コロッセオのほうが優れているかも。 これだけの技術が西暦80年にはあったというのがスゴイ。この建築技術は古代エジプトのピラミッドやギリシアの神殿建築の流れを汲んでいるが、さらにローマン・コンクリートという人工の石を作りだし、精巧な建築物をつくったという。 1キロで34センチの勾配 ローマには11の上水道があった。1日に市内に運んだ水の量はドラム缶(200リットル)に 56万3600杯もあり、市民の飲料水や浴場の水として利用された。しかも市内の上水道の総延長は350キロmにもなるが、地下をとおしていたのが300キロmもあったというのが驚きだ。 ローマ市内には今もたくさんの噴水や水呑み場がある。 ハチの噴水 ![]() ローマ式上水道橋(フランス) ![]() この最後の写真はヨーロッパの各地に残るローマ式水道橋で、フランスにもイタリアにもスペインにもあり、列車で旅行しているとアチコチで見ることができる。これらの橋の上には水を通す溝があり、1キロmでわずか34センチの勾配しかないのだ。 巨大建築を作った精巧な技術があったからこそコロッセオが作れたわけだが、中世になるとコロッセオは格好の石切場になり、バチカン市国の教会もずいぶん流用したらしい。 しかし、今なおローマ市内の水呑み場には冷たく清潔な水が供給され、私も下の写真の水のみ場で喉を潤した。 ![]() 素晴らしいヨーロッパの建築技術においしい水で「乾杯」。
2007年 01月 14日
今日は昼からテニスに出かけた。大宮グリーンテニスクラブに自転車で行く。北風を正面に受けると35分のところが40分もかかる。しかし、これなら準備運動になるのでケガをしないで済む。午後、4時までやってまた自転車で帰る。
健康には一番いいように思う。テニスの結果は3勝3敗。 1月12日掲載 ヨーロッパで考えたこと ヨーロッパを旅するといくつかの都市で城を見ることができる。城の種類は要塞もあるし、館(やかた)または宮殿といえるものもあるし、街全体を包む城壁都市もある。 ハイデルベルグ城遺構 ![]() 夕陽に染まるノイシュバンシュタイン城 ![]() 日本にないのは宮殿型のものと城壁都市ではないだろうか。富裕な王や貴族が贅をつくしてこしらえた宮殿には、多くの絵画や彫刻などの美術品や工芸品が飾られた。こうした城はひら城で平地に造られ、池や噴水が彩りを添えている。冬や夏の離宮として作られたものもあり、まさに快適な住居としての機能が主である。 城壁都市はドイツのロマンチック街道などでたくさん見ることができた。旧市街をすっぽり包んで街ごと守れるようになっている。 ドイツ・デユンケルスビュール ![]() フランス・アビニョン ![]() もともと文明が興り、都市が形成されたころから街全体を守る城壁がつくられたという。エルサレムもそうだし、ローマやアテネも昔は城壁都市であった。ただ、あまりにも人が増え、それを壊さないと街が機能しないので壊されたにすぎない。多くの都市で残っているのは旧市街として保存しているわけだ。 日本の城はまず、天守閣があり、見張り櫓があり、その中に領主と家来の家があるが、民家は城の外にある。街全体を囲むという城壁は日本にはないだろう。日本の城は建築的には美しいが、領民をまるごと守る発想がなかったのだろうか。 いくつかの城の攻防で、領民を城に入れて保護したり、戦力の一部にした例はあったけれど、初めから囲い込むという発想にはならなかった。 姫路城 ![]() 日本がお手本とした中国の都市はだいたい城壁があり、城市といった。北京、南京、西安(長安)みなそうである。 ![]() だいたい、万里の長城が国全体をまるごと守るという発想だったわけだ。 日本は幸いにも、海が万里の長城の役割を果たしていたともいえる。 日本に広がる四海は、侵略戦が繰り返されたヨーロッパや中国と異なる道を歩ませたということか・・・。 英語の勉強 (Vocabulary built) 城 Castle 城壁都市 Wall city 旧市街 the old town 宮殿 palace 領主 lord 領民 people 万里の長城 the Great Wall 館(やかた) mansion 侵略 aggression 古代の ancient 文明 civilization 1月9日(火)掲載 ヨーロッパの生協 イタリア・ヴェネツイアのCo-opの店 ![]() 私は20歳で大学生協(東京大学)の購買部に入り、それ以降生協で働いてきた。定年後にやりたいことを模索する中で、55歳で退職し、カナダ英語留学を決行した。人からはもったいないと言われたし、上司からはふざけるなと叱られた。しかし申し訳なかったが決断したことは変えなかった。 今は、英語修行を続けつつ、それを活かした英語学校の運営を準備している。一人で新たに起こすのではなく、現在すでにある学校のセカンド・キャンパスを開く予定だ。 さて、今回は生協について。私は生協でお世話になってほんとうに良かったと思っているし、 今も毎日利用している。カナダでも登山用品の生協があり、ヨーロッパを旅したザックはそこで買ったものである。 ヨーロッパで生協が活発なのはイタリア、スイス、スエーデン(北欧)、スペインなどで、本家のイギリスは苦戦ながらも健闘中、フランスはひどい失敗の中から立ち上がりつつあるといった状況だそうだ。 イタリアでは多くの町でCo-opの店舗を見かけたし、ヴェネツイアでは昼食の材料を買わせてもらった。日生協の調べによるとイタリアの生協全体の供給高(売上)は1兆6千億でシェア17.1%は第1位(2005年)。文化活動や環境保護の活動なども活発だそうだ。 ![]() スイスの生協も活発で、ミグロス(生協的経営)とコープを足すと3兆円超で30%のシェアをもっているそうだ。私はスイスのツエルマットでCo-opのお店を利用させてもらった。そこで買ったヘアジェルはPB(プライベートブランド)商品であった。 スウエーデンでは利用はできなかったが、KFコープを中心にデンマークやノルウエイなどのコープと連携し、国境を越えた商品開発などの連携により、マスメリットを作り出している。スウエーデンのシェアは18%、イギリスのそれは8%程度で日本の4%をはるかに越えている。 フランスは1835年に始まる長い歴史をもちつつも1985年のいくつかの生協の連鎖倒産とフランス生協連の建物売却により、事実上の崩壊と言われていたが、どっこい、ノルマンジーやアルザスなどの生協が生き残り、4生協で約2千億円の利用がされているそうだ。 今回訪れたパリなどにはCo-opはなかったが、いずれまた再建される日が来るに違いない。 ![]() 日本も含めて、福祉や環境保護などにも取り組む消費者自身の組織である生協が、世界でいっそう元気に活躍することを期待したい。 ![]()
2007年 01月 13日
今日、1月13日にテニスにいくと、メンバーの一人から、私のブログを整理したほうがいいよと言われた。「ヨーロッパ駆け巡り」を見に来てくれた読者が、現在の日常のブログを見せられるのはまた少し違うのでは・・・ということだ。
その件、少し悩んでいたのですなおに聞かせて頂いた。というわけで、今日からこちらのブログをご覧ください。 そのうち、また違うバージョンでカナダ便りをリリース致します。 < 前のページ次のページ >
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